判断するためには基準が必要ですが、基準はかりそめの存在でしかありません

評価もあやしい
絶対評価なんて人間ができることではないのです

世の中には基準というものがありますよね。判断するには基準が必要です。でもその基準にしばられすぎると、おかしなことになります。

日本で生まれると母子健康手帳をもらいます。その中に身長と体重のグラフを書くページがあります。そのグラフにはうすく色がついたワクがあります。

ワクの中に入っていれば、96%に入るので安心ですよということです。

これって、ウラを返すと「100人に4人 = 25人に1人はやばいよ」っていうことですよね?

参考: http://www.dear-mom.net/bositechou0114.html

 

ちなみに、私の娘の体重はずーっとこのワクの下でした。でも大きな病気をすることもなく成人し、大学も出て働いています。

「やばいよ」というほどのことはなかったわけです。

もちろん、体重が少なすぎたり多すぎたりすると気をつけた方が良いこともあるでしょう。

身長の方は牛乳を飲めば背が高くなるなんて保証はありません。でも高すぎたり低すぎたりすると、気にはなります。

でもこのワクに入っていれば大丈夫ってわけではないでしょう? 病気にかかることもあれば、階段を転げ落ちることだってあるかもしれませんよね?

要するに「少し平均からずれているよね」ってだけのことです。

深刻な気分になっても身長は伸びたり縮んだりしませんから。

おかだ式の基準

おかだ式プリントは、ストップウォッチ(タイマー)で時間を計って取り組みます。「時間内で、ミスが2個以内でできれば、そのプリントの内容は身についたと判断しても良い」というのがルールです。

計算プリントの場合、数字の練習に始まって、整数の四則計算=たし算・ひき算・かけ算・わり算までがスラスラと正確にできることが、まず最初の目標です。大人になって通常の暮らしをするためであれば、ここまでできれば十分だと考えています。

ただし大事なことは「スラスラと正確にできる」ことです。

昨日も書いたように、私は「わかればできる」とは思っていません。スラスラと正確にできるまで練習することが必要です。そのためには「スラスラと正確にできているかどうか?」を判断する基準が必要です。その基準が「一枚のプリントの問題を解き終わるまでにかかった時間とミスの数」です。

練習すればクリアーできる

プリントを学習するのに、時間を測るとなると、子どもはもちろん大人でも緊張します。そして、基準とされた時間内にできないと「ダメだ」と思う人がほとんどです。でも「ダメだ」と思うのは間違いです。ただ「スラスラと正確にはできない」だけのことだからです。

やり方が分からなけれれば、全部の問題を解くことはできません。間違えても時間がかかっても、すべての問題が解けたのなら、解き方は一応わかっているのです。わかっていても時間がかかったり、間違えたりするだけのことです。

普通に日本語で会話ができて鉛筆で数字が書ければ、誰でもできるようになります。

ところが学校で1〜2年も勉強してしまうと、たいていの人は「基準に達していないとダメだ」と思ってしまうんですよね。学校では基準に従って「良い・悪い」という評価がつきまとうからでしょう。

 

でもそれは、あくまで「ある一つの物差しで測ったでき具合」でしかありません。できなかったことができるようになることは少なくありませんし、できていたことができなくなることもあります。

フィギアスケートのジャンプでは、年齢が上がると回転数が維持できなくなったりするでしょう?

でも、計算練習の場合は少々の障害があろうが、練習を続けれていれば力はついていきます。年齢が70歳すぎても力がついていきます。もちろん、何回練習すれば基準をクリアできるかは、人によっても課題によってもさまざまです。でも、あきらめさえしなければ、必ずクリアできるのです。

とはいうものの基準はあやしい

ところで神様は不公平なので、頭の回転速度は人によってかなり違うんですね。脈拍が人によって違うようなものです。

私は中学高校と陸上部で中長距離を走っていました。そのせいか、今でも安静時の脈拍は60以下のことが多いです。つれあいはと言うと脈拍が70以下になることはまずありません。

同じように、計算のベースも人によって違います。早口の人とゆっくり話す人に違いに通じるかもしれません。

するとね。計算プリントで言うと同じ5分でできていても、ある人はスラスラできているけど、別の人はつっかえたり考え込んでいるということが起こるのです。

どうしてだか、わかりますかぁ?

もともと頭の回転速度が早い人は、考え込だり突っかかったりしていても5分でできちゃう可能性があるのです。逆に頭の回転速度がゆっくり目の人は、少し考え込んだだけで8分とか10分とかかかってしまうのです。

だからゆっくり目の人が5分でできたことと、早めの人が5分で終わったこととは全然意味が違うのです。

ウサイン・ボルト選手なら、転んでも100メートルを12秒で走るのは簡単かもしれませんよね? でも私が走ったら全力で転ばずに100メートルを走ってもたっぷり20秒はかかるでしょう。

つまり時間という物差しも万能じゃないんですね。

最後は、自分の感覚で判断しなければいけないのです。

 

実は私、同じプリントを100枚以上繰り返し取り組んで、ほとんど時間が縮まらなくなったところを、その人の基準にした方が良いかもしれない、と考えています。

それでも200枚取り組めば、その基準を突破できないという保証はありません。

そんな風に「文字通り、自分の限界に挑戦したい」という人もたまにいます。でも誰にでもそれをおすすめすることはできません。

 

そんなわけで、おかだ式プリントの基準は、あくまでかりそめの基準なのです。


Also published on Medium.