あこがれが計算力を育む – 読み書き計算で学ぶ – 1日15分の苦手克服

理屈よりあこがれ

丸暗記は必要ないなどという人がいますが、嘘です。

小学校の算数でほとんどの子どもが苦労するかけ算九九ですが、この壁を乗り越えるためのポイントは「あこがれ」です。

そしてかけ算九九は絶対に覚えて身につけておいた方が良い道具です。

なぜかけ算九九を覚えるのか

たし算は、オハジキやタイルなどでイメージを持って、指を使ったり数えたりすれば何とかごまかせたかもしれません。でも、かけ算はそうはいきません。7×6 あたりでも、指を使って数えるのは絶望的ですから。

かけ算の理屈なんかわかっても、覚えないことには使い物になりません。

このかけ算、大人になってしまえばほとんど使いません。使わなければならなくなっても、電卓やスマホがあれば九九を使う必要もありません。

でも学校では電卓を使ってはいけないことになっています。だからかけ算九九は唱えて覚えるのです。それもいきなり 7×6は? と聞かれてもすぐに 42 と答えることが求められます。

6×1=6 6×2=12 6×3=18 と唱えていっても 6×7 にたどり着くのはなかなかの手間だからです。さらに言えば、かけ算を繰り返すことで数のイメージが具体的になってくるからです。

たし算九九も覚えていない子どももいる

実は、この事情はたし算でも似たりよったりです。

6+7 の意味は、6個と7個の全部はいくつかという話です。6+7 と 7+6 が同じだとわかっていれば、7から6回数えればいいのですが、ちょっと手間ですよね。

小学校の授業風に考えると

6=5+1
7=5+2
5+5=10
1+2=3
だから
6+7=13

ということです。でも、これもなかなか厄介です。

最初の二つを分けるひき算が丸暗記できていないと辛い。そして 1+2 もそれまでに色々と考えているので、指折り数えるくらいなら、最初から6回数えたほうが早いかもしれません。

まぁ、小学校の間に何万回も 6+7 は出てくるので、大人になると大体は何も考えずに、6+7=13 とできるようになっています。それでもたし算九九があやしい子どもは少なくありません。

また、かけ算はたし算よりはるかに出会う回数が少ないので、大人でもあやしい人がいます。

ちょうどかけ算九九をしていた時に入院していたのでかけ算と聞くだけでゾッとする

という人に会ったこともあります。

歩くこととかけ算九九の共通点

6×7=42 の意味がわかることと、いきなり聞かれてスッと出てくることには、できる人には想像がつかないほど大きなギャップがあるのです。ただ覚えるだけのことなのですが、覚えるというのは直接はつながっていないもの同士の間に高速道路を建設するようなものだからです。

6×7 がスッとできるようになることは、最初は数々の手間をかけてたどり着いた道筋を、一瞬にしてワープできるようになることです。これを専門用語で「情報の縮約」と言います。

この「情報の縮約」は人間にとっては特別なことではありません。

例えば「歩くこと」です。

右足を上げて、前に踏み出し、右足をつけて体重を移し、左足を地面から離して前へと踏み出し、左足に体重を移し、また右足を上げる。歩くことはこの繰り返しです。けれどもそれは足だけではできません。手も振れば、腰も揺れます。

どの筋肉をどう使っているのか?

前に障害物がないか?

道筋はどちらか?

といった様々な判断と測定と修正をものすごい勢いで繰り返さないと、歩くことはできません。

ホンダのアシモというロボットは、階段が登れるようになるまで20年近い研究が必要でした。そんな高度な情報処理を、人間の子どもは数年で身につけ、でこぼこ道や水たまりでも平気で歩きながら、明日の遠足のおやつを何にしようかと考えたりもできてしまう力を持っています。

この歩くことを可能にしているのが「情報の縮約」です。

でも人間が歩けるようになるまでに、膨大な数の失敗と挑戦が不可欠です。そして、赤ん坊が歩くようになれるのもかけ算九九を覚えるのも、人間が身につける仕組みは同じです。

そんなわけで、普通にでこぼこ道が歩けるのに、かけ算九九が覚えられていないとしたら、理由は簡単です。

間違いを恐れずに練習した数が足らないだけです。

飛躍の鍵は「あこがれ」にあり

赤ん坊が生まれてから立つまで、そして歩き出すまでの期間は、人によって様々です。かけ算九九を覚えるようになるまでの期間も、人によって様々です。神様はわりと不公平なので、その差は、どちらもできる大人が思うよりも大きいのです。

歩けるようになるのは「歩けるようになりたい」と赤ん坊が切実に願っているからです。お母さんやお父さん、お兄さんやお姉さんのように「歩けるようになりたい」というあこがれなしでは、いつ実現するかわからない挑戦は続けられません。

かけ算九九でも同じことです。「あこがれ」が必要です。

実は私、小学校1年生の夏休みに、かけ算九九を全部覚えてました。隣に住んでいたお兄さんがカッコよかったからです。

物干し竿をくるくる回してコウモリが自分からぶつかってくるようにして捕まえたり、足場が地面から1メートル以上もある竹馬でスイスイ歩いたりできちゃう人でした。ようやく学校に通い始めた私から見ればスゴイことがいっぱいできちゃう人でした。

そのお兄さんがたし算ひき算もままならない私に、面白がって九九を教えたのです。もちろん意味は何もわかっていませんが、お兄さんに「これくらいできないと」なんて言われると悔しくてね。もう無条件に唱えました。

ににんがし、にさんがろく、にしがはち、、、

夏休み中そんなことをしていたので、九月には、かけ算九九が完璧になっていました。たし算はよく間違えまていましたが。

そうです。できないことができるようになるための特効薬は「あこがれ」なのです。
 


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