「人工知能」は「数値解析機」の誤訳だ – 読み書き計算で学ぶ – 1日15分の苦手克服

人工知能の説明を聞いていると、ときどき「アホちゃうか」と叫びそうになる。

 「コンピュータは人間の脳をモデルにして作られていて、発展すると人間の脳を乗り越えるかもしれない」とか「もうすでに人間の脳より優れている部分もある」などと、専門家がのたまう。…… まったく、開いた口がふさがらない。

 脳科学者とか言う人が「神経細胞が電気スパークして、一つの神経細胞が一万の別の神経細胞とつながっている。そのような仕組みと同じようなコンピュータがいずれ開発されるだろうし、そこには心が宿るだろう」などとのたまう。意味が分からない。

 確かに脳の神経細胞に電気スパークはあるのだろう。神経細胞と神経細胞は複雑に軸索でつながっていて、電流は流れているようだ。でもその電気信号だけが人間の脳で情報を運んでいるのだろうか? 電気信号の伝わり方の変化が心の動きを作っているのだろうか? そんなはずがないじゃないか!!

 いわゆる精神医学の知見だけでも、ドーパミンやセロトニンといった神経伝達物質が何かと影響があることが知られている。けれどもどんな仕組みでドーパミンが心に働きかけているのか? どれくらいの量でどういう変化が起きるのか? などはほとんど何も分かっていない。

 そもそも心の動きは数値化できないし、脳のどの部分にどれくらいのドーパミンがあり、どのような分布であるのかなどは、まったく分からない。全体として影響があるらしい… 位のことしか言えないのだ。

 そのすべてが固体のデジタル回路で再現が出来るはずがないじゃないか!

 人間の脳の動きの一部をコンピュータで真似することくらいはできるだろう。それだけで囲碁の勝負に勝ったり、適当な会話をこなしたり、会計分析をしてみたりすることは人間より早く正確だったりするのは不思議でもなんでもない。

 それは手で切ることはできない丸太を、のこぎりが切れてしまうこととほとんど違いのない、ごくごく当たり前のことに過ぎないのだ。

 その程度の事を「人工知能」などと言うから誤解が生まれる。カタカナ言葉でコンピュータなどと言うから誤解が生まれるのだ。

 要するに、どんなに発達したところで超高速記憶計算装置なのだ。会話に似た事をしたとしても、それは記憶している「言語」を何らかの決まった規則で引っ張り出して繋いで再生しているだけだ。そこに心はないし、人間の代わりにはならない。

 もちろん木を切ることに関してノコギリの方が人間より優れているので、事故しないように運転することは人間よりはるかに上手い自動車ができることは間違いないだろう。でもそれは決して「知能」ではない。単なる自動機械でしかない。

 少なくとも、モノと心についての画期的な理論が出来上がるまでの数十年は…。

 だから私は「人工知能」ではなく「数値解析機」くらいでいいと思うのだ。「この数値解析機つきの人形は、適当な会話とホテルの受付業務はこなせます」と言われるのであれば、違和感なく納得できる。
 
 

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ

-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-

● フェイスブック
 https://www.facebook.com/okada.yasu
 メッセージつきで友達申請していただければ
 原則的に承認させていただきます

● ツイッター
 https://twitter.com/manabiba
 フォローしていただけるとうれしいです



コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です